
この記事を書いた弁護士
代表弁護士 呉 裕麻(おー ゆうま)
出身:東京 出身大学:早稲田大学
2008年に弁護士登録後、消費者案件(出会い系サイト、占いサイト、ロマンス詐欺その他)、負債処理(過払い、債務整理、破産、民事再生)、男女問題(離婚、不倫その他)、遺言・遺産争い、交通事故(被害者、加害者)、刑事事件、インターネットトラブル(誹謗中傷、トレント、その他)、子どもの権利(いじめ問題、学校トラブル)、企業案件(顧問契約など)に注力してきた。
他にも、障害者の権利を巡る弁護団事件、住民訴訟など弁護団事件も多数担当している。
1製作会社の代理人弁護士との示談交渉の流れ
プロバイダーからの意見照会書に同意で回答した場合、または不同意で回答したがプロバイダーが任意開示した場合、あるいは発信者情報開示命令によって開示に至った場合、その後は製作会社との示談交渉が開始されます。
以下、順にご説明いたします。
2示談交渉の開始と代理人弁護士からの通知
開示がなされた後、製作会社の代理人弁護士から、開示結果を踏まえて通知書が送付されてきます。
そして、2025年現在、製作会社の代理人弁護士は、弁護士法人ITJ法律事務所、弁護士法人赤れんが法律事務所、八重洲コモンズ法律事務所(旧称;四谷コモンズ法律事務所)、弁護士法人オルビス、アークレスト法律事務所となっています。
この通知書には、示談の申し入れとして一定額の示談金が提示されます。
例えば、ITJ法律事務所からの通知の場合、個別合意(当該ファイルだけに関する示談であり、他のファイルの利用もあった場合には別途、示談をするなりが必要)として8万円、包括合意(当該ファイル以外の当該会社のファイル全部に対する示談)として88万円が提示されることがあります。
また、ITJ法律事務所からの通知書には、製作会社が被ったとされる具体的な実損害の計算が明記されていることがあります。
ただし、この計算は、利用者がいつからいつまでトレントの利用をしていたか、当該ファイルを保有していたかが考慮されていないため注意が必要です。
そして、提示された示談内容に納得できる場合は示談に応じ、高額すぎる、あるいは納得できない場合は示談を拒否することになります。示談拒否については後の項目でも触れているのでそちらもご参照ください。
そのほかにも、当事務所では、当該ファイル以外にもさらに追加で開示請求が届く可能性があることを危惧し、そもそもすぐに示談に応じるのではなく、プロバイダーのログ保存期間の経過、超過を待つ、その上で最終的な開示請求の件数を踏まえて示談の当否等を決めるという方針をとることも多いです。このログ保存期間経過の対応策も後の項目でも触れているのでそちらもご参照ください。
この方法をとった場合には、製作会社の代理人弁護士からの請求はいったん止まり、事実上、長期にわたり示談をせずに期間が経過していくこととなります。
なお、示談を拒否した場合には、ケースによっては民事訴訟に発展することもあります。
ただし、当事務所の統計上は、これまで民事訴訟を提起してくる確率は1%未満(利用者の頭数ベース)にとどまっています。
また、ITJ法律事務所からの訴訟提起は確認されていますが、その他の法律事務所からの訴訟提起は未確認です。
なお、製作会社側の法律事務所は、ほとんどの場合示談金額の減額に応じません。現時点で減額に応じることがあるのは赤れんが法律事務所のみです。
3示談の種類と今後の影響
示談の際には、主に二種類の合意方法があります。
一つ目は個別合意といいます。
こちらの示談を選択した場合、当該ファイルに限っての示談となるため、ファイル毎に示談をするか、示談したもの以外に他のファイルの利用が後に見つかった際には違約金の請求がされる可能性があるので注意が必要です。
二つ目は包括合意といいます。
これを選択すると、当該製作会社との示談は全て完了し、仮にその後その製作会社の他のファイルの利用が明らかになったとしても、責任追及されることはありません。
いずれの示談方法を選択するかはケースバイケースです。
具体的には、
①開示になったファイルの数
②それぞれのファイル毎の想定され得る実損害額
③開示された制作会社の数
④当事者の経済力
⑤トレント利用の有無やファイル削除のタイミング
などを考慮して全部もしくは一部について示談を拒否したり、示談をしたりすることとなります。
当然、これらの判断は非常に難しい側面がありますのでぜひこの分野に詳しい専門の弁護士にご相談ください。
4ログ保存期間を踏まえた示談の判断
当事務所では、プロバイダーのログ保存期間の経過を待ってから、最終的な示談の当否を判断する運用を採用しています。
これにより、ご自身が負担することとなる賠償金の額を全て確定させてから示談に進むことが可能となります。
これは、異なる製作会社から次々と意見照会書が届く可能性があるため、「今手元に届いた1通の意見照会書」だけで慌ててすぐに示談をしないよう注意を促すものです。
特に、過去にトレントでアダルトをそれなりの期間にわたり複数ダウンロードしたことがある方の場合には、二度目(二社目)の開示請求が来る可能性が高いと考えられています。
当事務所でも10社以上から開示請求を受けた方が若干おられるので注意が必要です。
5示談拒否について
以上の示談とは異なり、製作会社からの提示を拒否し、示談をしないという選択肢もあり得ます。
製作会社は、無数のファイルについて無数の開示請求を起こしており、開示になった利用者との示談交渉を進め、示談金を回収しています。
この開示請求はあまりにも膨大な件数のため、製作会社のスタンスとしては、基本的には示談で解決できるものを優先しています。
言い換えると示談で解決できないものは、ほとんど放置し、請求を断念しているのが実情です。
ただし、若干は民事訴訟に移行するケースもあるのですべてを完全に断念しているわけではありません。
とはいえ、訴訟になるケースは全体からすると1%に満たない程度であり、訴訟になる確率はとても低いのが現状です。
当事務所でもこれまで複数の訴訟対応をしてきましたが、依頼者の総数に照らすとほんとうにごくわずかです。
また、そもそもトレントの利用者は、たった一人で当該ファイルのデータをアップロードした訳ではなく、多数の利用者同士でファイルを共有している状態です。
そのため、製作会社は、この多数の利用者から順次、示談金を回収しており、そうすると製作会社がこのファイルについて被った実損害を上回る損害賠償をすでに回収しているケースも少なくないはずです。
さらに、そもそもビットトレントシステムの利用者は、ファイルをダウンロードしても、すぐにファイルを削除するなどしているケースもありますが、そのような場合には、製作会社に与えた実損害はごく僅少です。
それにもかかわらず、製作会社の提示する示談金額のような高額な賠償義務を負うことはないはずです。
したがって、これらの前提を踏まえ、示談を拒否することの正当性が肯定されるのです。
実際、当事務所のこのような説明にご納得され、示談を拒否するという選択をされる利用者が増えています。
6示談交渉における弁護士の役割と必要性
提示された示談内容の当否の判断に迷った際には、この分野に詳しい専門の弁護士に相談することが有効です。
当然、弁護士に示談交渉を依頼することも可能です。弁護士に依頼すれば、以後の、相手方弁護士とのやりとりを直接ご自身で行う必要がなくなり、内容証明郵便が自宅や会社に届くこともなくなります。
ただし、最初から製作会社と示談をするつもりの方の場合、単に示談書を取り交わすためだけであれば弁護士を依頼する必要はまったくありません。
製作会社の意向として、示談条件はほぼ固定されており、細かく変更することは開示を受けた側の弁護士であっても難しいからです。
単に示談書を取り交わすためだけに弁護士に依頼しても、多額の弁護士費用が無駄になる可能性があります。
したがって、弁護士に依頼する意味は、
①減額交渉のため、
②示談拒否(支払い拒絶)のため、
③追加で届く意見照会や通知書に対する備え
などを良く見極めることが重要です。
当然のことながら弁護士は、相手方弁護士から届いた請求内容に対して、その内容に応じることのメリット・デメリットについて説明し、安心できる対応と最善の解決を提示します。
場合によっては、示談に応じず、示談を拒否して解決することも可能であり、その際には、今後刑事告訴や民事訴訟が提起される可能性の大小について、事案に応じた説明を受けることができます。
なお、「すぐに示談しないと大変なことになる」「刑事告訴される」といった言説には惑わされないよう注意が必要です。
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所